スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

飯を食う事、夢を見る事

忘れもしない2013年3月3日(日)

SH2ITSの後輩、ヒロタカが岐阜のリーダーとなってやった

全国たすきリレーのイベントに午前中顔を出して、

たまたま夕方までの用事の間に実家に帰った14時ごろ。



家で親父が倒れてた。



ご心配おかけするのもどうかと思うので、

先に結論から言うと、

ひと月くらい経った今、

親父は既に無事に退院し、普通の日常生活を有難く送らせてもらっています。



何故か、こういう時、全くもって冷静にできるタイプなようで、

半分以上、どうしていいかわからず判断できないオカンを余所目に

すぐに救急車を呼んだ。


救急隊員を手伝い、親父を救急車にのせ、

その後、自分も自分の車で病院へいった。



脳梗塞だと診断され

詳細な検査結果が出るまで、

親父の横で待機した。



冷静ではあったが、

相当ショックだった。



親父もいつか死ぬのは当たり前に理解できていたこと。

歳をとってきたなとは思っていたけど、

脳梗塞だって言われて、

半身が不自由で(当時。今は動く)

ろれつも全くまわっておらず、(当時。今は喋れる)

何を言っているのかほぼわからない親父を見て、


初めて自分の親がどんな歳で、

将来本当にいなくなるかもしれないんだということを気づかされた。



そして、その次は

親父のやっている「塾」どうすんやろうって思考が及び、

すぐさま、


「自分がやんなきゃ」


ってなった。


だって、親父が働けないんなら、

自分が働くしかない。


オカンがいるし。



今のG-netの仕事で急に給料2倍になる訳ないんやから、

かといって、バイト始めるくらいなら、

今の塾を守らないと。



そうやって、


「飯を食う」ことの意味を気づかされた。



そう。

生まれて初めて。


「飯を食う」


っていうのを、今まで自覚できてなかっただけで、


常に「飯を食う」ためにしなきゃいけないことを

親父がしていたことに

やっと本当に気が付いた。


それは、

自分が、自分の人生において、

自分で「飯を食う」

ってことから逃げていたから。

きちっと向き合ってこなかったから。


だから

親父がやってることに

いつまでたっても気付けていなかった。



感謝はしていたが、

それが、「飯を食う」ことが

どういうことかを分かっていなかった。



一度切りの人生だって言って

やりたいことやるんだって言って

夢を追いかけるんだって言って


先延ばしにしてきたこと。




中学ん時から、

「俺はサッカーをやりたいんだ」

って言って、

中学行きたくないだの、

勉強なんていいからサッカー強い高校いきたいだの、

留学するんだだの


夢追いかけてて親父とぶつかって、


その度に、


ずーーーーーーーーーっと逃げてた。


ぶつかり続ければよかったのに、


言われたら逃げてた。




でもそのずーーーーーーーっと逃げてたのは、

親父から逃げてたんじゃなくて、

自分の人生、自分が、

じゃあどうやって「飯を食う」かということ。



脳梗塞でろれつがまわってない親父を目の前にして、

親父から逃げてたんじゃなかった。

自分自身に対して逃げてたんやって気づいた。



逃げてる相手なんていない。

自分の中に親父なんていない。

自分がつくった親父がいただけ。


都合よく、そのつくった親父のせいにしてただけ。



向き合うべき人と向き合わず、

いつかは後悔するんやろうと思いつつも、

それでも向き合わず直視せず。



与えてもらったもの

備わせてもらったもの

授かったもの

全部捨ててしまって


やりたいことだの

夢だの

自分の人生だの


結局は

向き合うべきことと、向き合うべき自分と

向き合わずに

ぐるぐる同じとこまわってただけ。


現実を直視できていなかっただけ。

現実を直視せずとも、生きてこれただけ。

ただのバカもの。


それすらも もらったものとも気づかずに。




今回のことで、

目が覚めた。



やりたいことはやりたいことであってもいいと思う。

夢は夢で変わらず持ち続けたいと思う。


ただ、それとは別に

すべきことができるようにしたい。


家族が食べれるように稼ぎたい。



そんなこといっても

思ったからってすぐできるようになるわけでもなく

まだまだ親父の手を借りながらやけど


キチンとG-netと塾を両立して

親父とオカンに

楽させてあげれるようになりたい。




みなさまへ


色んな所で

色んな人に

迷惑かけたり、手伝ってもらったり

すると思いますが、

今後もよろしくお願いします。


とりとめのない文章をいつも最後まで

読んでくださってありがとうございます。




スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

久しぶりに声を聞いたような気がしますが、
変わらない生き方の向きに、安心感とか熱とかいろいろもらいます。

先日、ABJの基三恵さんから、落としていたアイポッドが市役所に届けられたというメールがきました。
ボリビアの良心、世界の良心を信じるしかないみたいです。
サンファンってやっぱりすごいところだったと改めて感じます。

こちらは青ヶ島で先生を続けています。(今度は夫婦一緒でw)
全校でやっとサッカーチームができるぐらいですが、ゆったり愉しみます。

ではまた!

ヨータでした。
プロフィール

イサオ

Author:イサオ
テンション高め、声大きめ、
第一印象強めの地黒1984年5月4日生まれ。

5歳からやっているサッカーが趣味で特技。
ボール蹴らないと死んじゃう病。
ヘタクソでももちろんプロを目指した。


他の趣味は映画鑑賞と読書。
愛読書は「Good Luck」
(著:アレックス・ロビラ、フェルナンデス・トリアス・デ・ペス)。




2009年3月27日から青年海外協力隊として
2年間ボリビアにて子供にサッカーを教える。
市運営のサッカー教室をクラブチームに引き上げた。

帰国後2011年6月1日より
1年ベンチャー企業での勤務を経て

2012年11月より
NPO法人G-netにて勤務。
職員として働きつつも、
個人で、中学・高校へ出前講座や
仲間で、柳ヶ瀬活性化を目指すイベント
「夜空カフェ」の企画運営を行う。



「世界を仲間と変えたい!」

「夢で溢れる世界をつくりたい!」


それが夢。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。